あなたを支えている人は誰ですか?|見えない働きに気づくとき

チームワーク

毎日、当たり前のように食事をし、水を飲み、電気を使い、仕事へ向かう。

でも、その「当たり前」は、本当に当たり前なのでしょうか。

私たちは、自分一人の力で生きているように感じることがあります。

けれど実際には、数え切れないほど多くの人の働きによって支えられています。

そして、その多くは普段ほとんど目にすることがありません。

今日は、そんな「見えない支え」について考えてみたいと思います。

チームは補い合って成り立っている

サッカーでは、攻撃する選手がいれば、守る選手もいます。

フォワードだけでは試合には勝てません。

反対に、守備だけでも得点は生まれません。

それぞれが自分の役割を果たし、お互いを補い合うことで、一つのチームになります。

家庭も、職場も同じです。

前に立って引っ張る人もいれば、後ろで支える人もいます。

目立つ役割もあれば、目立たない役割もあります。

大切なのは、

「どちらが偉いか」ではなく、「どちらも必要だ」ということ。

チームワークとは、それぞれの違いを生かし合うことなのです。

一人ではサンドイッチも作れない?

あるアメリカ人YouTuberが、

「サンドイッチを材料から全部自分一人で作ってみよう」

という挑戦をしました。

小麦を育て、塩を作り、牛乳からチーズを作り……。

その結果、完成までにかかった時間は約6か月。

費用は約1,500ドルだったそうです。

出来上がったサンドイッチを食べた感想は、

「悪くない。」

その一言だったとか。

この話は、私たちに大切なことを教えてくれます。

一見、簡単に手に入るものでも、その裏側には数え切れない人の働きがあります。

蛇口から水が出ることも。

電気がつくことも。

スーパーに食べ物が並ぶことも。

誰かが目立たない場所で働いてくれているからこそ成り立っているのです。

違う役割だから支え合える

家庭でも、職場でも、

みんなが同じ役割を担う必要はありません。

厳しく導く人。

優しく受け止める人。

前に立つ人。

後ろから支える人。

それぞれ違うからこそ、全体のバランスが保たれます。

漫才なら、ボケだけでは笑いは生まれません。

ツッコミだけでも成立しません。

違う役割が組み合わさることで、一つの良いチームになるのです。

「キリストの体」が教えてくれること

聖書の中で、パウロは教会を「一つの体」にたとえています。

手もあれば、足もあります。

耳もあれば、目もあります。

それぞれ違う働きをしていますが、どれ一つ欠けても体は十分に機能しません。

だからパウロはこう語ります。

目は手にむかって、『おまえはいらない』とは言えず、また頭は足にむかって、『おまえはいらない』とも言えない。
(コリント人への第一の手紙12章21節)

また、自分を小さく見てしまう人にも、

「手ではないから価値がない」

「目ではないから必要ない」

そんなことは決してないと語っています。

神様は、一人ひとりに違う役割を託されました。

比べるためではなく、

互いを生かし合うためです。

あなたのパラシュートを畳んでいる人

ベトナム戦争で戦闘機パイロットだったチャールズ・プラム氏には、有名なエピソードがあります。彼は75回目の任務で撃墜されましたが、パラシュートで緊急脱出を果たし、一命をとりとめました。

そんなある日、一人の男性から声をかけられました。

「私はあなたのパラシュートを畳んでいた兵士です。」

プラム氏は、その時初めて気づいたそうです。

自分が空で任務に就いていた間、

その人は空母の奥で、誰が使うかも分からないパラシュートを毎日黙々と整備していたことを。

もし、その仕事がなければ、自分は命を失っていたかもしれない。

それ以来、プラム氏は講演で必ずこう問いかけるようになりました。

「あなたのパラシュートを畳んでくれている人は誰ですか。」

私たちも同じです。

今ここに立っていられるのは、

見えないところで誰かが支えてくれているからなのです。

今日、感謝を伝えたい人は誰ですか

目立つ働きだけが価値ある働きではありません。

誰にも気づかれない仕事でも、

その働きによって支えられている人がいます。

そして、あなた自身の小さな働きも、

きっと誰かの支えになっています。

チームワークとは、

自分の役割を誇ることではありません。

他の人の役割を軽んじることでもありません。

互いの働きを認め、

感謝し、

足りないところを補い合うことです。

今日一日、

少しだけ立ち止まって考えてみませんか。

「今の自分を支えてくれている人は誰だろう。」

その人の存在に気づけた時、

私たちの世界は少しだけ温かく見えてくるのかもしれません。

聖書のことば

もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。
(コリント人への第一の手紙12章26-27節)

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ブログの感想

華やかに人前で活躍している人も、人知れず誰かのために小さな仕事であっても黙々とされてる人も、すべての人が唯一無二の存在であるし、役割分担があり、そして一人一人が尊く、補い合いあっているのだなっと改めて確認させて頂きました。

例えがとても解り易く納得しました。周りにもっと心を配り、感謝の言葉を声に出す事を心掛けていきたいです。

目に見えない、蔭の働きによって、支えられて生かされていることに感謝することを表現すると共に、私も喜んで、誰かを支えるために、喜んで生きます。

この記事を書いた人
朝陽ともる(筆名)

信仰をもつ家庭に生まれ育った宗教二世。
長年、宗教二世の牧会相談や家庭相談、若い世代の結婚・夫婦相談に携わる。
現在は、日常の家庭生活や人間関係における信仰のあり方、心の整え方をテーマに、「FPAモーニングサービス」にて礼拝メッセージを配信中。
本ブログでは「朝陽ともる」の筆名で、朝の光が心にそっと灯るようなメッセージを綴っています。

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