あなたの行動、誰かにうつってる?|小さな善意から始まる「愛の連鎖」

為に生きる

誰かに笑顔で挨拶されたら、なんとなくこちらも笑顔になる。

困っている人を助ける姿を見たら、自分も少し親切にしたくなる。

そんな経験はありませんか。

反対に、一人がイライラしていると、その場全体の空気が重くなることもあります。

実は私たちの感情や行動は、自分が思っている以上に、周りの人へ伝わっています。

だとしたら——

一人の小さな善意もまた、人から人へと広がっていくのではないでしょうか。

世界を変えるような大きなことはできなくても、

目の前の一人に、小さな愛を渡すことはできる。

そこから思いがけない「愛の連鎖」が始まるのかもしれません。

感情は人から人へ伝わっていく

誰かが怒っていると、こちらまで緊張する。

楽しそうに笑っている人を見ると、自然と表情が緩む。

赤ちゃんに笑いかけると、つられて笑い返してくれることもあります。

心理学では、このように他者の表情や声、態度などを通して感情が周囲へ伝わることを、

「情動感染」

と呼びます。

一人のイライラが、家庭全体をピリピリさせる。

一人のため息が、周囲の気持ちまで重くする。

残念ながら、その空気は高性能な空気清浄機でもきれいにしてくれません。

でも、逆も同じです。

一人の笑顔。

一人の「ありがとう」。

一人の優しい言葉。

そんな小さなものが、その場の空気を明るくすることがあります。

善意も悪意も、私たちが思っている以上に周囲へ広がっていくのです。

行動もまた「伝染」する

伝わっていくのは、感情だけではありません。

人の行動も、周囲の行動に影響を与えます。

誰かがゴミをポイ捨てすると、そこに次々とゴミが増えていく。

反対に、一人が黙ってゴミを拾い始めると、それを見た人も拾い始める。

LINEグループでも、最初の人が否定的なコメントをすると、その後も否定的な反応が続きやすい。

逆に、最初の一人が前向きな反応をすると、その場全体が肯定的な雰囲気になることがあります。

心理学の研究では、一人の協力的な行動が次の人の協力行動を促し、それがさらに次の人へと連鎖していく現象を、

「協力行動のカスケード」

と呼んでいます。

つまり、

誰かの行動が、次の誰かの行動を生み出していく。

だからこそ、「最初の一人」が大切なのです。

250人に広がった小さな善意

アメリカ・フロリダ州のあるドライブスルーで、こんな出来事がありました。

一人のお客さんが注文を終え、支払いをしようとすると、店員からこう言われます。

「あなたの分は、もう支払い済みですよ」

前の車に乗っていた人が、その人の分まで払ってくれていたのです。

その行為は、何十台も前から始まっていました。

それを聞いた彼は、

「それなら、僕も後ろの人の分を払います」

と続けました。

この善意の連鎖は、なんと250人にまで続いたといいます。

最初の人が、250人分の代金を払ったわけではありません。

たった一人分です。

でも、その小さな善意を受け取った人が、

「今度は自分が誰かに」

と思った。

その繰り返しによって、一人の親切が250人へと広がっていったのです。

「足りないもの」ではなく「今あるもの」を

聖書にも、小さなものから大きな恵みが広がった物語があります。

「五千人の給食」と呼ばれる出来事です。

大勢の人々がイエス様のもとへ集まっていました。

夕方になり、弟子たちは、

「人々を解散させて、各自で食べ物を買いに行かせましょう」

と提案します。

ところがイエス様は、

「あなたがたの手で食物をやりなさい。」

と言われました。

しかし、そこには五千人もの人々がいます。

弟子のピリポは、

「二百デナリのパンがあっても、めいめいが少しずついただくにも足りないでしょう。」

と答えました。

「そんなのは無理です」

という、ごく現実的な反応です。

私たちも同じではないでしょうか。

何かをしようとすると、

「お金がない」

「時間がない」

「人手がない」

「自分にはそんな力がない」

と、まず足りないものを数えてしまいます。

でもイエス様が尋ねられたのは、

「何が足りないのか」ではありませんでした。

「今、何があるのか」

だったのです。

五つのパンと二匹の魚から始まった奇跡

そこに、一人の少年がいました。

少年が持っていたのは、

五つのパンと二匹の魚。

五千人を前にすれば、あまりにも小さなものです。

「これが何になるのだろう」

と思って当然でしょう。

それでも、その小さなものが差し出されました。

イエス様はそれを手に取り、神様に感謝を捧げ、人々へと分け与えられました。

そして人々は満腹し、最後には十二の籠いっぱいのパンが残ったと聖書には記されています。

この出来事には、さまざまな解釈があります。

文字通りパンが増えた奇跡だという理解もあれば、人々が持っていた食べ物を互いに分かち合った「分かち合いの奇跡」だったと考える見方もあります。

実際に何が起こったのか、私たちに知る術はありませんが、

私にはこんなイメージが浮かぶのです。

一人の少年が自分の持っていたものを差し出した姿を見て、

「それなら私も」と誰かが袋を開いた――。

そして、それを見た次の人も、

「私も分かち合おう」

と思い、そうした善意の輪が広がっていった――。

パンが増えることだけが奇跡ではありません。

与える心が広がっていくことも、一つの奇跡ではないでしょうか。

一人の心に生まれた善意が、別の人の心を動かしていく。

小さな愛が、大きな愛の輪へと変わっていくのです。

善意を次の人へ渡す「ペイ・フォワード」

映画『ペイ・フォワード』には、こんなアイデアが登場します。

学校で、

「世界をより良く変える方法を考えなさい」

という課題を出された少年が考えたのは、

「ペイ・フォワード」

という仕組みでした。

誰かに親切にしてもらった時、

その人に返す「ペイ・バック」ではなく、

別の誰かへ、その親切を渡していく。

一人が3人を助ける。

その3人が、それぞれ別の3人を助ける。

さらにその人たちが、次の人へ——。

そうやって善意が広がっていけば、いつか世界を変えられるのではないか。

少年はそう考えました。

もちろん、現実は思うようにはいきません。

「自分には誰も助けられない」

と、少年自身が無力さにひしがれていた頃、

彼から始まった善意の輪は、彼が知らないところで、人から人へと大きく広がっていたのです。

世界を変える「最初の一人」

「世界を変える」

と言われると、あまりにも大きな話に聞こえることでしょう。

世界どころか、

家族一人を変えることさえ簡単ではありません。

でも、一人の人の小さな善意は、確かに人の心に影響を与えるのです。

朝、笑顔で「おはよう」と言う。

落ちているゴミを一つ拾う。

誰かに「ありがとう」と伝える。

困っている人に席を譲る。

落ち込んでいる人に声をかける。

私たちは、五千人分のパンを持っている必要はありません。

250人分のハンバーガーを買う必要もありません。

必要なのは、

今、自分の手の中にある「五つのパンと二匹の魚」を差し出すこと

だと思うのです。

世界を変えるのは、

大きな力を持った一人という以上に、

小さな善意を始める「最初の一人」なのかもしれません。

あなたの笑顔が、

誰かを笑顔にする。

その人の笑顔が、

また別の誰かを明るくする。

そうやって、自分の知らないところまで愛の輪は広がっていきます。

だから今日、

ほんの小さなことでも構いません。

自分から、善意の連鎖を始めてみませんか。

聖書のことば

ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供がいます。しかし、こんなに大ぜいの人では、それが何になりましょう。
(ヨハネによる福音書6章9節)

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ブログの感想

大きな事は出来なくてもそれなら出来ると思いました。ありがとうございます。

自分の心がすごく守る意識/計算意識になってた事に気付きました。

感情や行動は、伝染すると言うフレーズが心に残りました。小さな善意の愛の波動を周りに送れるように心掛けたいです。

この記事を書いた人
朝陽ともる(筆名)

信仰をもつ家庭に生まれ育った宗教二世。
長年、宗教二世の牧会相談や家庭相談、若い世代の結婚・夫婦相談に携わる。
現在は、日常の家庭生活や人間関係における信仰のあり方、心の整え方をテーマに、「FPAモーニングサービス」にて礼拝メッセージを配信中。
本ブログでは「朝陽ともる」の筆名で、朝の光が心にそっと灯るようなメッセージを綴っています。

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