「前にも失敗したから、きっと今回もダメだろう」
そんなふうに、過去の経験から未来を決めつけてしまうことはないでしょうか。
失敗したこと。
笑われたこと。
うまくいかなかったこと。
そうした経験は、私たちに大切なことを教えてくれます。
でも同時に、
「ここから先は無理だ」という限界線
を、心の中に引いてしまうこともあるでしょう。
夢を実現するために必要なのは、
その限界線を一歩越えてみること。
そこから、新しい可能性が始まるのかもしれません。
夢の実現には「チャレンジ」が必要

夢は、まず信じることから始まります。
そして、その夢に向かう情熱が、私たちを前へ進ませます。
でも、夢を現実にするためには、それだけでは足りません。
必要なのは、
今の自分にはできないことに挑戦すること
です。
水に入らなければ泳げるようにはなりません。
難しい問題を避け続けていたら、考える力も伸びません。
何かを成し遂げるためには、
今まで越えられなかった壁を、一歩踏み越える必要があるのです。
杭につながれた象

サーカスの象は、とても大きな力を持っています。
それなのに、演技の合間には、小さな杭につながれていても逃げ出そうとしないといいます。
その理由は、幼い頃の経験にありました。
まだ小さかった時、
杭につながれた象は何度も逃げようとします。
でも、どれだけ引っ張っても杭は抜けない。
そのうち、
「どうせ無理だ」
と諦めるようになるといいます。
成長した今なら、簡単に杭を引き抜ける力がある。
それでも、もう挑戦しないのです。
私たちにも、似たような経験はないでしょうか。
- 昔、人前で失敗した
- スポーツで笑われた
- 挑戦してうまくいかなかった
その経験が、
「自分にはできない」
という心の鎖になってしまうことがあるのです。
「できない」が「できる」に変わる瞬間

これまで越えられなかった限界を突破することを、
「ブレイクスルー」
といいます。
それまで、
「できない」
と思っていたことが、
ある瞬間、
「できた!」
に変わる。
自転車に初めて補助輪なしで乗れた瞬間。
跳べなかった跳び箱を跳べた瞬間。
「できない」が「できる」に変わる瞬間、
見える景色が変わるのです。
ただし、その瞬間にたどり着くには、
失敗しても、もう一度やってみるというチャレンジが必要なのです。
過去の思い込みを越えていく

中国出身の起業家ジャ・ジャン氏は、
「拒絶されること」への強い恐怖を抱えていました。
そこで彼は、その恐怖を克服するために、
あえて人から断られそうなお願いをする
「100日間の拒絶チャレンジ」
に取り組みます。
知らない人にお金を貸してほしいと頼んだり、
店で無理そうなお願いをしてみたり。
もちろん断られることもありました。
でも続けていくうちに、
「どうせ断られる」
と思っていたことが、意外にも受け入れられる経験をします。
そこで彼は気づきます。
「無理だと思っていたのは、事実ではなく、自分の思い込みだったのかもしれない」
と。
チャレンジすることで、
心の中にあった限界線が少しずつ壊れていったのです。
ペテロに語られた「もう一度、網を下ろしなさい」

聖書に、こんな記述があります。
ガリラヤ湖で、ペテロたちは一晩中漁をしました。
しかし、魚は一匹も取れません。
すでに網を洗い、仕事を終えようとしていた彼に、
イエス様は言われます。
沖へ漕ぎ出し、網を下ろして漁をしなさい。
ペテロは答えます。
先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。
ペテロは何もせずに「無理だ」と言ったのではありません。
一晩中働いた。
何度も網を投げた。
それでも何も取れなかった。
つまり、
「もう無理だ」
という判断には、十分な根拠があったのです。
それでも彼は、続けていました。
しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう。
「あなたが言われるなら」
と、もう一度、沖に向かったのです。
そうした網を下ろしたところ、
大量の魚が網にかかりました。
本当のブレイクスルーは心の中から始まる

目に見えるブレイクスルーは、
「大漁になったこと」
でしょう。
でも、それより前に、
ペテロの心の中で、すでに一つのブレイクスルーが起きていました。
「一晩やってダメだった」
という経験がある。
現実は何も変わっていない。
魚がいる保証もない。
それでも、
「もう一度やってみよう」と決めた。
その瞬間です。
奇跡は網を投げた後に起こりましたが、
チャレンジは網を投げる前に始まっていた
のです。
可能性に、もう一度網を投げる

過去の経験は大切です。
失敗から学ぶことも必要です。
でも、
昨日までできなかったことが、
今日もできないとは限りません。
過去の自分自身の経験が、
神がもたらす未来の可能性まで決めるわけではないのです。
今、自分の中に
「どうせ無理だ」
「また失敗する」
という思いがあるなら、
その背景には、きっと過去の痛みや経験があるのでしょう。
その気持ちを無理に否定する必要はありません。
でももし、果たしたい願いがあるなら、
小さくても一歩踏み出してみる。
ペテロのように、
自分で引いた限界線の向こうへ、
もう一度、網を投げてみる。
そこから、
まだ見たことのない景色が開けるのかもしれません。
聖書のことば
先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう。
(ルカによる福音書5章5節)
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ブログの感想
無理だと思っていることでも、もう一度チャレンジしてみようと思えました。
過去の経験にとらわれて、自分で限界を決めていることが、実は神様の悲しみであることを感じ、本当に申し訳ない気持ちが溢れました。
物事の変化に対する自分自身の心が、非常に消極的になっているのは年齢の為だと言い訳していました。過去の経験がストップさせている事もとても理解出来ました。受け身では無く、自分を信じて、限界を超えていきたいです。

