「最近、なんだかやる気が出ない。」
そんなふうに感じることはありませんか。
やらなければいけないことは分かっている。
でも体が動かない。
以前は夢中になれたことにも、心が動かなくなっている——。
誰にでも、そんな時期があります。
では、人はどうすれば再び情熱を取り戻せるのでしょうか。
もしかすると必要なのは、「もっと頑張ること」ではなく、
「何のために生きるのか」を思い出すこと
なのかもしれません。
人は「熱い人」に心を動かされる

スポーツの試合を見ていて、
選手たちが本気で喜び、本気で悔しがる姿に心を打たれたことはないでしょうか。
もしワールドカップの選手たちが、
「勝ち負けにはこだわってませんから」
と淡々とプレーしていたら、
きっと見る人の心は動かされないでしょう。
夢に向かって真剣に生きる人には、
人を惹きつける力があります。
その理由は、
心に火が灯っているから
でしょう。
夢への熱望や情熱は、
本人を前へ進ませるだけでなく、
周りの人の心にも火を灯すのです。
やる気は思い通りにならない

「やる気が出たら始めよう。」
そう思っているうちに、一日が終わってしまった。
そんな経験は誰にでもあるでしょう。
仕事も勉強も、
必要な時ほどやる気が出ないものです。
ところが、
好きなことになると話は別です。
疲れていても、
好きなアーティストのライブなら何時間でも並べる。
休日の朝でも早起きできる。
やる気とは、
「頑張って作り出すもの」ではなく、
心が動いた時に自然と湧いてくるもの
なのです。
だからこそ、
「やる気スイッチ」は思い通りにならないのでしょう。
心に火を灯す「内発的動機」

心理学では、
人を動かす動機には二つあると言われています。
外発的動機
- ご褒美があるから頑張る
- 怒られるからやる
- 評価されたいから努力する
内発的動機
- やってみたい
- 面白い
- この目的を実現したい
外から与えられる動機は、
一時的には人を動かします。
しかし長続きしません。
一方、
心の内側から湧き上がる動機は、
困難があっても人を前へ進ませます。
詩人イェーツは、
こんな言葉を残しています。
教育とは、バケツを満たすことではなく、火を灯すことである。
授業を伝わるのは、学科の知識や情報ではなく、教師のもつ情熱なのでしょう。
人を動かし、その心に火を灯すのは、知識でなく情熱なのです。
イエス様を突き動かしたもの

マルコによる福音書1章には、
イエス様がカペナウムで宣教を始められた場面が描かれています。
人々はその教えに驚き、
病人は癒され、
町中にその評判が広がりました。
普通なら、
「ここで活動を続けよう」
と考えても不思議ではありません。
ところが翌朝、
弟子たちが
「みんながあなたを捜しています。」
と伝えると、
イエス様はこう言われます。
ほかの町々にも行こう。わたしはそのために来たのだから。
(マルコによる福音書1章38節)
イエス様を動かしていたのは、
人々からの人気でも成功でもありませんでした。
神様から託された使命
ただそれだけだったのです。
だからこそ、
どんな状況でも歩み続けることができたのでしょう。
情熱は人から人へ受け継がれる
映画『ブレイブハート』は、13世紀末から14世紀初頭、
イングランドの支配下に置かれていたスコットランドで、
独立を目指して立ち上がった英雄
ウィリアム・ウォレスの生涯を描いた作品です。

圧倒的な力を持つ支配者を前に、多くの人々は恐れ、戦うことを諦めかけていました。
そんな中、ウォレスは人々に向かって、
「彼らは我々の命を奪うことはできても、我々の自由は奪えない!」
と叫びます。
彼は最後には捕らえられ、処刑されてしまいます。
しかし死の直前まで、
「Freedom!」
と叫び続けた彼の思いは、
それまで沈黙していた人々の心に火を灯し、
やがてスコットランド独立への大きなうねりとなっていきます。
イエス様も同じでした。
生涯かわることのなった熱い思いは、
十字架によって終わったのではありません。
神の国を願うその情熱は、
弟子たちの心に受け継がれ、
世界へと広がっていったのです。
本当に人を動かすのは、
理屈ではありません。
夢に生きる人の情熱
なのです。
心の火をもう一度灯すには

誰でも心が冷える時があります。
疲れている。
忙しい。
思うような結果が出ない。
周囲に理解されない。
そんな時、
「やる気を出さなきゃ」
と自分を責める必要はありません。
大切なのは、
もう一度、
「私は何のために歩んでいるのだろう」
と問い直すことです。
信仰においては、
御言や祈りを通して
もう一度、神様の夢と願いに立ち返るとき、
心に再び灯る火があるのです。
それでも火がつかない時は、
情熱を持って歩んでいる人の近くに行ってみましょう。
人の情熱は、
人へと伝わっていくものだからです。
夢を持つこと。
その夢のために歩み続けること。
そして誰かの心に、小さな火を灯すこと。
そんな生き方が、
周りを少しずつ温めていくのかもしれません。
聖書のことば
「ほかの付近の町々にみんなで行って、そこでも教を宣べ伝えよう。わたしはこのために出て来たのだから。」
(マルコによる福音書1章38節)
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ブログの感想
心に火を灯すのは、神様。私はその頂いた火を大きくすることを心がけたいと思いました。時には燃えている人のそばに行くというところも参考になりました。
内的動機は長続きする、外的動機は長続きしない、というのが印象に残りました。
力を失いそうになる時、神様が私たち人類の復帰を諦めず、日々、導いて下さっておられることを思い返し、内的動機をしっかりと持っていきたいと思います。

